不景気とインフレが同時進行する

 今回のキーワードは「スタグフレーション(stagflation)」だ。この言葉を聞いて、ピンときた読者は多いのではないだろうか。そう、スタグフレーションが何度もメディアで取り上げられ、話題になったのは1970年代のこと。2度にわたって世界経済に打撃を与えた「石油ショック」の嵐が吹き荒れた時代だ。当時を振り返る前に、まずはスタグフレーションについて簡単に復習しておこう。

 スタグフレーションは、“stagnation(停滞)”と“inflation(インフレーション)”を合成した造語だ。経済活動の停滞(不況)と物価の持続的な上昇が同時進行する状態である。歴史的に見て、この現象はほとんど起きることはない。一般的な経済の動きを考えると、違和感の大きな現象だからである。

 経済活動は、人体の代謝に例えることができる。一般的には好景気(活発な運動)の時には、物価(体温)が上昇、すなわちインフレとなる。逆に、不景気(寝ているような状態)の時には、物価(体温)が下降する。つまりデフレだ。スタグフレーション下では、不景気なのにインフレが進行する。いわば寝ているのに体温が上昇する病的な状態で、最悪の経済環境と言っていい。

 「日本の景気拡大は、いざなぎ景気(57カ月)を超えた。好景気の時にそんな古い経済用語を今さら持ち出されても困る。いったい何の役に立つのだ」と疑念を感じる読者もいるだろう。確かに現段階では、スタグフレーションの定義である“物価上昇”と“景気悪化”という悪魔のセットが生じる余地はないように見える。
原油高の長期化でじわじわと物価が上昇

 それでは、原油価格の高騰によるインフレが今後やってくる可能性はあるのだろうか。結論から言えば、現段階では30年前の狂乱物価のような極端な事態が生じる可能性はほとんどないだろう。2度の石油ショックを経験して、生産設備や生産工程の見直しによる生産性の向上や、省エネルギー運動などが推し進められたからだ。原油価格の上昇が物価に転嫁されることは、かつてよりもだいぶ緩やかになった。

 実際、第1次石油ショックの騒動で学んだことで、第2次石油ショックによる日本経済への影響はそれほどひどくならなかった。第1次石油ショックでは20%を超えて上がった消費者物価指数は、10%未満の上昇に抑えられた。その後も、IT(情報技術)化の広がりなどで生産性は飛躍的に向上しており、省エネ活動の進展で石油製品に依存しにくい体質になった。これが、現在の“かつて経験したことのない原油高”が急激な物価上昇につながっていない理由との見方が一般的だ。

 ただし、「現在の原油高が今後もさらに長期化する」という前提に立つと、話が少し変わってくる。長期に及ぶ原油高は、じわじわと物価を上昇させ、企業や消費者の経済活動に影響を与える可能性があるからだ。これが悪魔のセットをもたらす最悪のシナリオの第1である。

 実際、米国では、高水準が続く原油価格が消費者物価に与える2次的影響(セカンド・ラウンド・エフェクト)を無視できなくなったという意見が少なくない。この数カ月の米消費者物価の上昇率(エネルギーと食品を除くコア指数)は、FRB(米連邦準備理事会)が物価の安定圏と見る1〜2%の水準を大きく超えている。

 10月24日にFRBが開いた米連邦公開市場委員会FOMC)でも、すべての委員が物価上昇を懸念材料と指摘した。私自身、先日、FRBエコノミストと意見交換した時にも、原油高によるインフレ圧力が大きな話題になった。

 こうした高水準の原油価格によるインフレ圧力に加えて、石油ショックの時代と現在で共通している点がもう1つある。それは、景気拡大の長期化だ。